自己免疫性溶血性貧血に対する漢方医学漢方薬の効果と経験症例
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概念定義
自己免疫性溶血性貧血(autoimmune hemolytic anemia, AIHA)は、赤血球膜上の抗原と反応する自己抗体が産生され、抗原抗体反応の結果、赤血球が傷害を受け、赤血球の寿命が著しく短縮(溶血) し、貧血をきたす病態である。自己抗体の出現につながる病因の詳細は未だ不明の部分が多く、臨床経過予後の面でも多様性に富む不均質な病態群と理解される。抗赤血球自己抗体は、37℃あるいは体温以下の低温条件で、自己赤血球と結合し、凝集、溶血、あるいは抗グロブリン血清の添加によって凝集をおこす能力をもつ抗体である。自己抗体の出現を共通点とするが、抗体の性状、臨床的表現型、好発年齢などさまざまな観点からみて異なる特徴をもつ病態を包含する。自己抗体の赤血球結合の最適温度により温式と冷式のAIHAに分類される。
溶血性貧血の一病型として、昭和49年度に特定疾患の調査研究対象として取り上げられ、昭和52年度からは再生不良性貧血、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)と合わせて特発性造血障害としてまとめられ、調査研究が継続されている。
■疫学
溶血性貧血全病型の推定患者数は100万対12~44で、その約半数が後天性溶血性貧血であり、AIHAは全体の約1/3を占め、さらにその大多数が温式AIHAであった(昭和49(1974)年度調査)。すなわち、推定患者数は100万対3~10人、年間発症率は100万対1~5人とされる。また、平成10(1998)年度の調査では、推計受療患者数は、溶血性貧血全体で2,600人(95%信頼区間2,300~2,900人) であり、うちAIHAは1,500 人(1,300~1,700)、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は430人(380~490人) であった。病型別比率は、温式AIHA 47.1%、寒冷凝集素症 4.0% 、発作性寒冷ヘモグロビン尿症 1.0% 、PNH 24.9% 、先天性溶血性貧血 16.6%、不明 5% とされた。温式AIHAの特発性/続発性は、ほぼ同数に近いと考えられる。特発性温式AIHAは、小児期のピークを除いて二峰性に分布し、若年層(10~30歳で女性が優位) と老年層(50歳以後に増加し70歳代がピークで性差はない) に多くみられる。全体での男/女は1/2~3で女性にやや多い。一方、平成10年度調査では、特発性と続発性を含め、男/女は1/1.6で、年齢分布は50歳代をピークとするゆるやかな単峰性で、20~50歳代までは女性が優位である。?寒冷凝集素症のうち慢性特発性は40歳以後にほぼ限られ男性に目立つが、続発性は小児ないし若年成人に多い。発作性寒冷ヘモグロビン尿症は、現在そのほとんどは小児期に限ってみられる。
■病因
自己免疫現象の成立には、個体の免疫応答系の失調と抗原刺激側の要因が考えられるが、それぞれの詳細はなお不明である。臨床的な観察からみても、病因病態の成立機序は単純な一元論には集約できず、複数の要因が関与すると考えられる。自己抗体の出現を説明するための考え方として次のように整理さている。(1)免疫応答機構は正常だが患者赤血球の抗原が変化して、異物ないし非自己と認識される。(2)赤血球抗原に変化はないが、侵入微生物に対して産生された抗体が正常赤血球抗原と交差反応する。(3)赤血球抗原に変化はないが、免疫系に内在する異常のために免疫的寛容が破綻する。(4)すでに自己抗体産生を決定づけられている細胞が単または多クローン性に増殖または活性化され、自己抗体が産生される。現状では、AIHAにおける自己免疫現象の成立は免疫応答系と遺伝的素因、環境要因が複雑に絡み合って生じる多因子性の過程であると理解しておくのが妥当と考えられる。その中で、感染、免疫不全、免疫系の失調、ホルモン環境、薬剤、腫瘍などが病態の成立と持続に関与すると考えられる。
■症状・診断
(1) 温式AIHA
臨床像は多様性に富む。発症の仕方も急激から潜行性まで幅広い。とくに急激発症では発熱、全身衰弱、心不全、呼吸困難、意識障害を伴うことがあり、ヘモグロビン尿や乏尿も受診理由となる。急激発症は小児や若年者に多く、高齢者では潜行性が多くなるが例外も多い。受診時の貧血は高度が多く、症状の強さには貧血の進行速度、心肺機能、基礎疾患などが関連する。代償されて貧血が目立たないこともある。黄疸もほぼ必発だが、肉眼的には比較的目立たない。特発性でのリンパ節腫大はまれである。脾腫の触知率は32~48%で、サイズも1~2横指程度が多い。
温式AIHAの5~10%程度に直接クームス試験が陰性のものがあり、クームス陰性AIHAと呼ばれる。クームス試験が陽性にならない程度のIgG自己抗体が赤血球に結合しており、診断には赤血球結合IgG定量が有用である。クームス陽性AIHAと同様にステロイド反応性は良好である。
特発性血小板減少性紫斑病(ITP)を合併する場合をEvans症候群と呼び、特発性AIHAの10~20%程度を占める。紫斑や粘膜出血などの出血症状が前景に立つことがある。両者の発症は同時期とは限らず、またそれぞれの経過も同じとは限らない。続発性では基礎疾患による症状所見が加わる。
(2) 寒冷凝集素症(CAD)
臨床症状は溶血と末梢循環障害によるものからなる。感染に続発するCAD は、比較的急激に発症し、ヘモグロビン尿を伴い貧血も高度となることが多い。マイコプラズマ感染では、発症から2~3週後の肺炎の回復期に溶血症状をきたす。血中には抗マイコプラズマ抗体が出現し寒冷凝集素価が上昇する時期に一致する。溶血は2~3週で自己限定的に消退する。EBウイルス感染に伴う場合は症状の出現から1~3週後にみられ、溶血の持続は1か月以内である。 特発性慢性CADの発症は潜行性が多く慢性溶血が持続するが、寒冷暴露による溶血発作を認めることもある。
循環障害の症状として、四肢末端鼻尖耳介のチアノーゼ、感覚異常、レイノー現象などがみられる。これは皮膚微小血管内でのスラッジングによる。クリオグロブリンによることもある。皮膚の網状皮斑を認めるが、下腿潰瘍はまれである。赤血球凝集のため注射針がつまって採血不能で気付かれることもある。脾腫はあっても軽度である。
寒冷凝集素価が高値を示さない場合でも、22%アルブミン液を加えて寒冷凝集素価検査を行うと、37℃でも凝集がみられる場合は低力価寒冷凝集素症と診断できる。ステロイド反応性が良好とされている。
(3) 発作性寒冷ヘモグロビン尿症(PCH)
現在ではわずかに小児の感染後性と成人の特発性病型が残っている。
以前よく見られた梅毒性の定型例では、寒冷暴露が溶血発作の誘因となり、発作性反復性の血管内溶血とヘモグロビン尿をきたす。気温の低下、冷水の飲用や洗顔手洗いなどによっても誘発される。寒冷曝露から数分~数時間後に、背部痛、四肢痛、腹痛、頭痛、嘔吐、下痢、倦怠感についで、悪寒と発熱をみる。はじめの尿は赤色ないしポートワイン色調を示し、数時間つづく。遅れて黄疸が出現する。肝脾腫はあっても軽度である。このような定型的臨床像は非梅毒性では少ない。
急性ウイルス感染後の小児PCHは5歳以下に多く、男児に優位で、季節性、集簇性を認めることがある。発症が急激で溶血は激しく、腹痛、四肢痛、悪寒戦慄、ショック状態や心不全をきたしたり、ヘモグロビン尿に伴って急性腎不全をきたすこともある。
小児期の感染後性病型には、発作性反復性がなく、寒冷暴露との関連も希薄で、ヘモグロビン尿も必発といえないことなどから、PCHという名称は不適切であり、transient Donath-Landsteiner hemolytic anemiaあるいはbiphasic hemolysin hemolytic anemiaと呼ぶべきとする考えもある。
成人の慢性特発性病型はきわめて稀である。気温の変動とともに消長する血管内溶血が長期間にわたってみられる。
Donath-Landsteiner抗体の検出は現在外注では行えないため、自前の検査室に依頼することになる。通常の検査法で陽性にならない場合でも、酵素処理赤血球を用いると検出できることがある。
(4) 診断
昭和49年度に「溶血性貧血診断の手引」が作成された。自己免疫性溶血性貧血はその一病型として、クームス試験などによって確定診断することとされた。次いで平成2年度に、研究対象を後天性溶血性貧血に重点化することに伴って診断基準が改訂され、溶血性貧血の診断基準と自己免疫性溶血性貧血の診断基準を別に設定する方式が採用された。平成16年度に改訂された基準もそれに倣う形となっている。すなわち、まず溶血性貧血としての一般的基準を満たすことを確認し、次いで疾患特異的な検査によって病型を確定する二段階の方式である。改訂された溶血性貧血の診断基準と自己免疫性溶血性貧血の診断基準を表1と表2に示す。
表1. 溶血性貧血の診断基準
厚生労働省 特発性造血障害に関する調査研究班(平成16年度改訂)
1.臨床所見として、通常、貧血と黄疸を認め、しばしば脾腫を触知する。ヘモグロビン尿や胆石を伴うことがある。
2.以下の検査所見がみられる。
1) へモグロビン濃度低下
2) 網赤血球増加
3) 血清間接ビリルビン値上昇
4) 尿中便中ウロビリン体増加
5) 血清ハプトグロビン値低下
6) 骨髄赤芽球増加
3.貧血と黄疸を伴うが、溶血を主因としない他の疾患(巨赤芽球性貧血、骨髄異形成症候群、赤白血病、congenital dyserythropoietic anemia、肝胆道疾患、体質性黄疸など)を除外する。
4.1.、2.によって溶血性貧血を疑い、3.によって他疾患を除外し、診断の確実性を増す。しかし、溶血性貧血の診断だけでは不十分であり、特異性の高い検査によって病型を確定する。
表2. 自己免疫性溶血性貧血(AIHA)の診断基準
厚生労働省 特発性造血障害に関する調査研究班(平成16年度改訂)
1.溶血性貧血の診断基準を満たす。
2.広スペクトル抗血清による直接クームス試験が陽性である。
3.同種免疫性溶血性貧血(不適合輸血、新生児溶血性疾患)および薬剤起因性免疫性溶血性貧血を除外する。
4.1.~3.によって診断するが、さらに抗赤血球自己抗体の反応至適温度によって、温式(37℃)の1)と、冷式(4℃)の2)および3)に区分する。
1)温式自己免疫性溶血性貧血
臨床像は症例差が大きい。特異抗血清による直接クームス試験でIgGのみ、またはIgGと補体成分が検出されるのが原則であるが、抗補体または広スペクトル抗血清でのみ陽性のこともある。診断は2)、3)の除外によってもよい。
2)寒冷凝集素症(CAD)
血清中に寒冷凝集素価の上昇があり、寒冷曝露による溶血の悪化や慢性溶血がみられる。直接クームス試験では補体成分が検出される。
3)発作性寒冷ヘモグロビン尿症(PCH)
ヘモグロビン尿を特徴とし、血清中に二相性溶血素(Donath-Landsteiner抗体)が検出される。
5.以下によって経過分類と病因分類を行う。
急性 : 推定発病または診断から6か月までに治癒する。
慢性 : 推定発病または診断から6か月以上遷延する。
特発性 : 基礎疾患を認めない。
続発性 : 先行または随伴する基礎疾患を認める。
6.参 考
1) 診断には赤血球の形態所見(球状赤血球、赤血球凝集など)も参考になる。
2) 温式AIHAでは、常用法による直接クームス試験が陰性のことがある(クームス陰性AIHA)。この場合、患者赤血球結合IgGの定量が有用である。
3) 特発性温式AIHAに特発性血小板減少性紫斑病(ITP)が合併することがある(Evans症候群)。また、寒冷凝集素価の上昇を伴う混合型もみられる。
4) 寒冷凝集素症での溶血は寒冷凝集素価と平行するとは限らず、低力価でも溶血症状を示すことがある(低力価寒冷凝集素症)。
5) 自己抗体の性状の判定には抗体遊出法などを行う。
6) 基礎疾患には自己免疫疾患、リウマチ性疾患、リンパ増殖性疾患、免疫不全症、腫瘍、感染症(マイコプラズマ、ウイルス)などが含まれる。特発性で経過中にこれらの疾患が顕性化することがある。
7) 薬剤起因性免疫性溶血性貧血でも広スペクトル抗血清による直接クームス試験が陽性となるので留意する。診断には臨床経過、薬剤中止の影響、薬剤特異性抗体の検出などが参考になる。
■治療
特発性の温式AIHAの治療では、副腎皮質ステロイド薬、摘脾術、免疫抑制薬が三本柱であり、そのうち副腎皮質ステロイド薬が第1選択である。後二者の選択順位は症例によって異なるが、一般論としては摘脾術が2次選択であろう。成人例の多くは慢性経過をとるので、はじめは数カ月以上の時間枠を設定して治療を開始する。その後の経過によって年単位ないし無期限へ修正する必要も生じる。副腎皮質ステロイド薬の有用性は抜群であり、高い信頼をおけるが、逆に過量投与や深追いによって不可逆的で破滅的な副作用や合併症を招くおそれがあることには絶えず警戒が必要である。2/3次選択の摘脾術や免疫抑制薬は、副腎皮質ステロイド薬の不利を補う目的で採用するのが原則である。おそらく特発性の80~90%はステロイド薬単独で管理が可能と考えられる。CADおよびPCHの根本治療法はなく、保温がもっとも基本的である。温式・冷式ともに抗体療法(rituximab)の有用性が報告されているが、現時点での保険適応はなく、今後の評価が待たれる。
■予後
AIHAは臨床経過から急性と慢性に分けられ、急性は6ヶ月までに消退するが、慢性は年単位または無期限の経過をとる。発症時の特徴から予後を確実に予測することは難しいが、小児の急激発症例は急性が多い。温式AIHAで基礎疾患のない特発例では治療により1.5年までに40%の症例でCoombs試験の陰性化がみられる。特発性AIHAの生命予後は5年で約80%、10年で約70%の生存率であるが、高齢者では予後不良である。続発性の予後は基礎疾患によって異なり、リンパ系疾患に比べてSLEなどの自己免疫性疾患に続発する場合のほうが良好である。CADは感染後2~3 週の経過で消退し再燃しない。リンパ増殖性疾患に続発するものは基礎疾患によって予後は異なるが、この場合でも溶血が管理の中心となることは少ない。
小児の感染後性のPCH は発症から数日ないし数週で消退する。強い溶血による障害や腎不全を克服すれば一般に予後は良好であり、慢性化や再燃をみることはない。梅毒に伴う場合の多くは駆梅療法によって溶血の軽減や消退をみる。
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