難病特集:甲状腺ホルモン不応症
甲状腺ホルモン不応症に対する漢方医学漢方薬の効果と経験症例
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■概念定義
甲状腺ホルモン不応症(Syndrome of Resistance to Thyroid Hormone, 以下RTH)は、甲状腺ホルモンに対する標的臓器の反応性が減弱している家族性症候群として1967年、Refetoffらによって初めて報告された。このことから、本症は“レフェトフ症候群”とも呼ばれる。甲状腺ホルモンに対する応答性が減弱する原因としては、①甲状腺ホルモンの細胞内への取り込み、②T4から活性型ホルモンであるT3への転換、③T3の甲状腺ホルモン受容体(TR)への結合とこれに続く標的遺伝子の転写調節、のいずれかのステップが障害された場合が考えられる。事実、これら3つのステップそれぞれの異常症が既に報告されており、これら異常症は「甲状腺ホルモン感受性低下症候群」と総称されている。このうちRTHは、ステップ③の障害、すなわちTRの異常によるものとされている。TRをコードする遺伝子にはα型TR(TRα)とTRβの2つがあるが、RTH家系の約85%にTRβ遺伝子変異が認められていることから、RTHはTRβ機能異常症と同義と考えられるようになった。残り15%の家系における原因遺伝子はいまだ明らかではないが、TRβ遺伝子変異を伴う家系と変異が認められない家系との臨床症状は全く区別がつかないことから、何らかの原因(遺伝子異常も含め)でTRβ機能が障害された結果発症するものと考えられている。なお、2012年TRα変異を伴う症例が相次いで報告されたが、その臨床症状はTRβ機能異常症であるRTHとは大きく異なるものであった。
■疫学
本症の正確な頻度はまだ明らかではない。その主な理由として、先天性甲状腺機能低下症に対する新生児スクリーニングとしてTSHのみを指標にしている国が多いことが挙げられる。RTHすべての症例でFT4は上昇するものの(多くはFT3も上昇する)、TSHは正常範囲内に留まる症例が多いため、TSHのみのスクリーニングではRTHの疑いのある症例をピックアップすることができないからである。ただし、米国オレゴン州という限定された地域で80,884人の新生児を対象とした調査では2例がTRβ遺伝子解析によりRTHと診断されている。日本でも北海道でFT4とTSHを指標としたスクリーニングが米国オレゴン州とほぼ同じ83,232人の新生児を対象に行われ、その結果、同じく2例のRTH症例が見出されている。このことから、TRβ遺伝子変異を伴うRTHの発症頻度は約40,000人に1人と推定される。もし、この数字をそのまま日本の総人口に当てはめると日本には約3,000人のTRβ変異を伴うRTH症例が存在することになる。しかしながら、日本甲状腺学会臨床重要課題「甲状腺ホルモン不応症の診断基準作成」委員会が2009年にアンケート調査を行って把握したRTH症例はわずかに98例(71家系)であった。したがって、日本ではいまだ多くのRTH症例が診断されないままになっていると考えられる。
■病因
本症の病因は、当初から甲状腺ホルモン受容体(TR)の異常ではないかと考えられてきたが、実際にこれが証明されたのは1988年、SakuraiらによりRTH患者においてβ型甲状腺ホルモン受容体(TRβ)遺伝子に変異が同定されたことによる。その後、本症例におけるTRβ遺伝子変異が次々と同定され、さらに、RTH症例で同定された遺伝子変異を導入したTRβ遺伝子改変マウス(ノックインマウス)においても本症の主な特徴であるTSHの抑制を伴わない血中T4, T3の高値が再現されたことから、RTHはTRβ機能異常症であり、その多くはTRβ遺伝子変異が病因であるという概念が確立した。本症で同定された変異はTRβのT3結合領域にある3つの領域(クラスター)に集中しており、立体構造上T3が結合するポケットの近傍に存在するものが多い。このような変異受容体はT3結合能や標的遺伝子の転写調節能が低下あるいは欠失している。また、変異TRβは正常TRβのみならず、正常TRαの機能も阻害するドミナントネガティブ作用を有する。このため、本症は例外的な1家系(TRβ遺伝子の大部分を含む領域が欠失している家系)を除いてすべて常染色体性優性遺伝形式をとり、ほとんどの患者はヘテロ接合体である
■診断
RTHの診断基準として確立されたものはない。現在、日本甲状腺学会では臨床重要課題として「甲状腺ホルモン不応症の診断基準作成」を取り上げ、委員会を立ち上げて議論を重ねている。また、厚生労働省難治性疾患克服研究班のひとつである「ホルモン受容機構異常に関する調査研究班」も本症の診断基準作成を目的とした調査研究を行っている。
RTHに共通な臨床所見は、FT4及びFT3が高値にもかかわらず、甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌が抑制されることなく血中TSHが正常または高値を示すことである。この病態は不適切TSH分泌症候群(SITSH)と呼ばれ、多くの場合本症を見出す契機となる。SITSHはRTHのすべての症例でみられる検査所見であるが、RTHに特異的でなく、TSH産生腫瘍(TSHoma)でもみられる。TSHomaは手術などにより治癒可能な疾患であることから両者の鑑別は重要となる。MRIやTRHテストなどが鑑別に役立つ症例もあるが、これらの検査のみで両者が鑑別できることはそれ程多くないため、TRβ遺伝子の検索が重要な診断手順となる。なぜなら、TRβ遺伝子変異が同定され、この変異が一定の条件を満たせば、RTH診断が確定できるからである。問題は、SITSHを呈する症例に遭遇した時、どの時点でTRβの遺伝子解析を依頼実施するかである。SITSHに遭遇した時、まずは家族歴の聴取を行い第1度近親者(親、同胞、子供)にSITSHを示す者がいるかどうかを確認することが推奨される。つまり、RTHは常染色体優性遺伝形式を取る遺伝性疾患であるのに対し、TSHomaは原則的に非遺伝性であるからである。したがって、第1度近親者にSITSHが認められれば、その時点でTRβ遺伝子解析の適応となる。
しかしながら、「第1度近親者にSITSHが認められない」あるいは「家族歴が確認できない」ケースが圧倒的に多いようである。この場合、以下の手順にしたがって鑑別診断を進めることが推奨される。
1. まずは、真のSITSHであるか否かの確認である。血中TSHはFT4, FT3の変動に比べ動きが遅いため、破壊性甲状腺炎などでFT4, FT3が急速に上昇した場合には一過性にSITSHを呈する症例もある。したがって、前述の委員会では「SITSHの検査所見が得られた1ヶ月後に再検査を実施し、さらにSITSHが再現された症例ではさらに3ヶ月後に甲状腺機能検査を行うこと、そして、可能ならば別の検査方法により再検すること」を推奨している。また、薬剤の影響によりSITSH様の甲状腺機能検査結果が得られる場合もあるので、甲状腺機能検査に影響を及ぼすような薬剤を服用していないことを確認する必要もある。
2. 真のSITSHと確認できた時、下垂体MRI検査を実施する。その結果、径1cm以上のマクロアデノーマの所見を得た場合はTSHomaの疑いとして以後の診療を進めて行く。一方、マクロアデノーマが確認できない症例では、たとえ1cm以下のミクロアデノーマの所見が得られてもTRβ遺伝子解析を実施することが勧められる。
3. TRβ遺伝子解析の結果、アミノ酸の置換をきたす変異が確認できた場合、その変異が以下の条件を満たせばRTH診断は確定する。
① 既にRTHにおいて報告されている変異である。
② 複数のRTH患者が同じ変異を有することが確認される
③ 正常TRのT3依存性転写調節を阻害する、ドミナントネガティブ作用を有することが機能解析により証明できる。
問題は、「TRβ遺伝子解析で変異が確認できない場合はどのように扱えばよいか?」である。残念ながら、今のところ、このような症例でRTHと診断する基準は存在しない。したがって、「下垂体MRI検査を定期的に実施しながら、TSHomaとRTH両方の可能性を念頭に置きつつ、経過観察をする」ことしかないというのが現状である。
なお、TRβ遺伝子解析をどこに問い合わせたらよいかは当ホームページの「FAQよくある質問」の項を参照して頂きたい。
■治療
RTHの多くの症例では、甲状腺ホルモンに対する標的臓器の反応性の低下はFT4およびFT3が上昇することで代償されており、治療を必要としない。逆に、FT4やFT3が高いという理由でバセドウ病に対する不適切な治療を行わないことが大切とも言える。しかしながら1部の患者は血中甲状腺ホルモン濃度上昇による、頻脈や落ち着きのなさなど甲状腺中毒症の症状を呈する。これらの症状に対し、β遮断薬(アテノロールを使用することが一般的)による対症療法が有効であることが多いとされているが、この効果が充分でない場合は治療に難渋する。まず、抗甲状腺剤や甲状腺部分摘出術といった甲状腺機能亢進症に対する治療法が考えられるが、これを施行した場合、TSH分泌が促進され、甲状腺腫増大や下垂体のTSH産生細胞の過形成を招く結果となり、推奨できない。このため、別の方法でTSH分泌を抑えることが必要となる。これまで、ドーパミン受容体作用薬のブロモクリプチンやカベルゴリン、あるいはソマトスタチン誘導体の投与が試みられてきたが、副作用や効果の持続性などの問題があり、一般的治療法としては確立されていない。また、T3誘導体であり、血中半減期が非常に短いTriacがTSH分泌抑制のため使用されたが、その効果は限定的であり、しかも日本や米国では入手困難である。RTH症例のほとんどは甲状腺腫(Goiter)を呈する。その多くは臨床的には問題にならないものの、著明なGoiterが問題となる症例もある。この場合、前述のTSH分泌を抑制する薬剤が有効となる可能性はあるが、実際には、先程述べたような理由で効果は限定的である。そこでAnselmoとRefetoffは過量の合成T3製剤(LT3, チロナミン)を隔日1回投与することでTSHの分泌を抑え、Goiterの縮小を試みた。その結果、LT3の1回投与量を250μgまで増量するとTSHの分泌がほぼ完全に抑制され、著明なGoiterの縮小が認められたと報告している。ただ、チロナミン10錠という大量を1回投与ということになり、日本ではまだ報告例がない。この他、TSH受容体拮抗薬によるTSH作用の抑制が可能になれば、下垂体型不応症に有効である可能性が高く、その開発が望まれるところである。
一方、小児や思春期前の若年RTH患者に合成T4製剤(チラーヂンS,レボチロキシンNa)を投与すべきか否かも重要で、難しい問題である。この点でWeissらは、治療に踏み切る指標として1)TSHが異常高値を示す 2)精神発達遅延などが家系に存在する 3)なんらかの成長発達障害が認められる場合を挙げている。
最近、RTHに橋本病やバセドウ病と合併している症例報告が見られるようになった。事実、RTHの男性例ではこのような甲状腺自己免疫疾患の合併率が一般男性より高いとの報告もある。RTHに橋本病による甲状腺機能低下症やバセドウ病が合併した場合、血中甲状腺ホルモンレベルをどの程度に維持したら良いかは難しい問題である。一般的にはFT4やFT3は正常上限を越えるレベルに、そしてTSHを正常範囲内に保つことになるが、臨床症状を注意深く観察することが必要であることは言うまでもない。いずれにしても、RTH症例に於いては、甲状腺機能検査の解釈が一般の症例とは大きく異なる。したがって、甲状腺機能低下症や亢進症を診療する際に、FT4とTSHの解離がある症例ではRTH合併の可能性があることを臨床医が認識していることが重要なことになる。
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